やぶれたまふらー





 余裕綽々のライに、何か、驚かすようなことを言いたいだけだったのだが――。
 当の本人はこだわることなく、堂々と抜き身の刃を向けてきた。少し気後れしたが、ここで怯んだら負けだ。そんなのはイヤだ。ぐっと柄の部分を掴んで、体の前に持ってくる。
 そして、指先を滑っていくのをやたらゆっくりに視認した。
「あっ」コノエでもライでもなく、鈍くうめいたのはアサトだった。
 食堂に集まった悪魔たちも会話を止めた。
 アサトは驚いたようにイスから立ちあがる。そして、びりりっ! 首に巻いていたものの半分が、無残にも千切れてしまった。マフラーの先にナイフの先端が落ちて、床と縫いとめていたからだ。
 首を竦ませて、地肌の黒い青年はおっかなびっくりに自らの首筋を辿った。
 フウ。ライが馬鹿にしたようにため息をつく。
 コノエは、焦って短剣を引き抜いた。なかば投げるようにライへと突き返す。
「礼もなしか。無礼な猫だな」
 うめくライを無視して、コノエは引き攣りながらもアサトを覗き込んだ。手には、千切れてしまったマフラーの半分を抱えている。
「ご、ごめん。……大事なものだったりするのか?」
 耳と尻尾をピンとたてて、アサトは困惑していた。
「いや。いきなりだったからビックリしただけだ」
「破いちゃったな。……、俺の不注意だ」
「お前の不注意は今に始まったことじゃないな」
 ため息を繰り返しながら、ライが短剣を鞘に収めた。
 腹の底で湯が煮えるような気分になったが、それでも、申し訳なく思う気持ちは本当だ。耳を下げたまま、アサトを窺うと、彼は曖昧に微笑みを返してきた。
「気にするな。本当、驚いただけだから」
「……可哀相に」
 コノエは、はっとしてカルツを振り返った。
 何の気もない一言だったのだろうが。窓の下、祭りで賑わう猫たちを見つめる瞳に感情めいたものはないが。だが、明らかにアサトに向けての憐憫だ。
 食卓についていたヴェルグが、ひやかすように口笛を吹いた。
「おお。悲哀の悪魔さんはおやさしーことおやさしい」
「でも、確かにかわいそうだね。あまり装飾品を身につけるような性格には見えないのに、でもそれでもそんなマフラーをつけてヒラヒラさせているということは、案外お気に入りだったのかもしれないね」
 丸きり他人事でフラウドまで冷やかしてきた。
 コノエはぐっとこらえた。
 悪魔でただ一人、ラゼルだけが黙っていた。
 だが、その瞳はじぃと手中のマフラーに注がれているのを感じる。
 文句があるのか、と、意地になってコノエはラゼルを見返した。憤怒の悪魔は、ふっと鼻を鳴らして自らの足元に視線をおろした。赤い炎がちらつく。ぼうっと燃え上がり、瞬時に消えた。
「さて。……仕事にいくとするかな」
 ヴェルグとフラウドがにやにやとしながら追うように姿を消す。
 最後に、カルツだけが残って、いつもの憂いを帯びた眼差しでコノエとアサトとを見比べた。
 ふう。彼がため息をつくと、本当に悲嘆に聞こえる。
 どのような意図があるのかはわからないが、コノエは、苦々しい思いでカルツが炎に包まれるのを見守った。青い炎が天井を舐める。消えた後には、食堂にはコノエとアサト、ライしか残っていなかった。
 ふっ。ライが再三のため息をついた。今度はからかう色が強い。
 振り返れば、呆れきった顔がコノエを見ていた。
「くだらんことを言い出すつもりじゃないだろうな」
「……なんだよ。文句あるのか」
 ギッとした眼差しで、コノエはアサトを見上げた。
「アサト、行くぞ」
「どこへ?」
 黒猫は目を丸める。
「新しいの、買ってやる。破いた責任を取ってやる」
 声の大きさに驚いてか、アサトの耳が僅かに下がった。反対に、ライの耳は怒るように後ろへと傾ぐ。それでも引き返す気にはならない。コノエは、アサトの腕を掴んで食堂をでた。
 尾の毛を膨らませたコノエに、受付の中で腕組みしていたバルドが不可思議そうな顔をした。

 

つづく.
( → おくりもの )
※時系列を大いに無視してます

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