闘う猫のうた




「おー。なんだ? けっこうみみっちいんだな、賞金稼ぎってのは」
 膝に手を当てて、バルドが言った。横にはコノエが並んで、一緒にライの作業を覗き込んでいる。木々のあいだをすり抜けてきた陽光が、ばらばらに砕けながら三匹を照らしだしていた。陽の月はまだ高いところにある。昼飯前に、ライが罠を張ると言い出したのだった。
 白猫はイライラした様子でコノエをにらみ返した。
「おい。白い紐を取れ」
「これか」
 足元から縄で編みこまれた細紐を取る。
 受け取ると、ライは手早く罠と罠とのあいだを結びつけた。小さな落とし穴に入ると、頭上の板が鳴りひびいて居場所を教える仕組みだ。
「狩りみたいだな」
 バルドが率直な感想をこぼす。
 不機嫌な顔をしてライが振り返った。
「狩りだ。遊びだと思っているなら帰れ」
「何だよ、つれねぇな。久々なんだよ。こういう狩りとか戦いの雰囲気とかってさ」にっと笑うバルドは本当に子供のようなやんちゃさがある。コノエは、ふっと諦めたような吐息をついた。
「おっさん。歳、考えてな」
「何だよ。あんた、冷たくないか?」
 コノエは旅猫だったときの格好で、バルドは昔に着込んでいた戦闘用の服を着ていた。上下が小豆色の服を着ると、バルドは途端に重厚な存在感をまとう。
 もちろん、それまでも存在感があるが、今の服だと威圧感があって……、とどのつまり戦闘に馴れた猫の風情が滲み出ていて、野性的なのだ。
 思いつつ、コノエは落ち着かない素振りで尾を揺らした。
「今日はきそうなのか? もう四日目だぞ」
「ある程度の長丁場は覚悟の上だ。違うのか、お前」
「違くはないけど……」
「フン。料金には上乗せする」
「なっ。いいよ。俺の善意だ。いらないっていってるだろ」
「いいんじゃねーか? ライがくれるっつーなら」
「バルド!」
 虎猫は片耳を摘んで、その後ろをくりくりと掻いた。憮然とした面持ちなので、叱責した後ながらもコノエは跋の悪さに肩を縮める。バルドは存外にまじめな声で呟いた。
「大体なぁ。金なんかいくらつまれてもうたわせんとこだ、本当なら」
 コノエは、唖然としてバルドを見返した。
「…………なんだよ、それ」
「うん? まあ、賛牙は貴重だからな。ライのためだし、仕方ねぇってもんさ」
「…………」
 口を丸めた格好でコノエはバルドを見返した。
 そんなことは思いもしなかったからだ。耳をピンとして、どこかそわそわと周囲に視線を泳がせた。
 ウンウン。満足げに頷いて、バルドは牙を見せた。
「可愛い甥っ子のために妻を貸しだす気分、ってか」
「誰が妻だ!」
「誰が甥だと?」
 黙って……、と、いうよりも厭きれてソッポを向いていたライが尾を膨らませた。バルドはニヤニヤとして二匹を見つめた。
「照れるなよ。似たようなもんだろ? 二匹とも」
「なっ……、こ、この。親父猫!」
「いや〜。あんたのその格好、久々に見たがカワイイなぁ。お前さんに黒って組み合わせ、綺麗だぜ」
「…………?!」
 思いもがけない口説き文句を浴びせられ、コノエは面を食らって後退りした。動揺は尾に如実に現れて、先端を毛羽立たせている。
「えっ……、エロ猫! 親父猫!」
「いやぁ。なんだかんだで、旅ってのも悪くねーな。ずっと一緒にいられるわけだし? たまにはライに同行するのも悪かねーかもな」
「拒否させてもらう」
 それまで黙ってバルドを睨んでいたライが、さっと剣に手をかけた。バルドはニヤリとして自らも刀身を引き抜きにかかる。
「俺としちゃコノエも一緒にいれてお前さんの様子も見れるし悪くねえんだけど?」
 ライは、薄青の瞳でコノエを素早く見つめた。
「お断りだ。断固として貴様らとは旅をしない」
「あ? 今回、誘ってるじゃねーか」
「…………」
 コノエの耳がぴくりとする。
 正確には、誘われたのはコノエ一匹だ。探るような目を向けた途端に、白猫が駆け出した。
「? おい、昼飯……」
 無駄とはわかっていながら、コノエは呼びかけた。
「この馬鹿をねじ伏せてからだな!」
「出来るものならしてみせろ!」
 挑戦的に口角を引き上げて、ライが右手の長剣をバルドに振り下ろした! ガチィン! 斬撃の音が木霊する森のなか、コノエはため息をついた。
 彼が一人でクィムを齧りだし、バルドがライの短剣を弾き飛ばし、ライが容赦のない蹴りをバルドの背中に叩き込んだところで、
 カラーン!! と、木板がぶつかり合う音がした。
『!!』
 三匹は、一斉に音の方角を振り返った。
「かかったか!」
 コノエがクィムを置く。
「そのようだな。朝の一番にしかけた辺りだ」
「いくか。走るか」
 互いに睨みあっていたはずのバルドとライは、一瞬で標的を切り替えていた。ライが小走りで弾かれた短剣を拾い上げる。
 いってぇよホント、と、小さくぼやいて背中を擦るのはバルドだ。
 バルドは長剣を右腕からぶらさげた。
 ライが先陣を切って道を引き返す。追いかけながら、コノエは横に並んだバルドを見上げた。いささか悪戯っぽい笑みが浮かんでいる。
「バルド、実戦久しぶりなんじゃないのか?」
「何だよ。心配なのか?」
「歳がな」
「なっ。そ、そりゃないだろ〜」
 くすくすとするコノエに、仕返しとばかりにバルドが手を伸ばした。耳を掴んで、頭後と撫でるようにぐしゃぐしゃと掻き回す。
「ぶっ!」走力を落としたコノエの耳に唇を当てて、バルドが素早く囁いた。
「実のとこそんな嫌いじゃないんだぜ、今はな。闘うことは面白い。あんたを守れる力があるって確認できる」
「バルドっ……?」
「さあ。うたってくれよ。俺とライのためになぁ!」
 木漏れ日がなくなった。開けたところに飛び出したのだ。二匹の猫が、大樹の足元で慌てながら蹲っていた。片方の猫の足に紐が絡まっている。
 先行していたライが、足を止めて睨みあっていた。
 敵対する二匹に向けるのと同じ眼差しは、しかし、バルドにも向けられた。
「後で斬る。俺の背中で馬鹿なことをするな」
「お? 妬けちまって気が散るか」
「……ふざけるな!」
 ライが歯をむき出した。
 が、バルドは余裕たっぷりにウンウンと頷いた。
「ライの気持ちはわからなくもないんだぜ、これでもな。って、おいおい、こんなことしてると相手さんが逃げるぜ」
「わかっている!」
 相手の賛牙はうたいだしていた。
 二匹が一斉にコノエを振りかえる。コノエは、唇を引き結んで頷いた。そうして両手を広げる。眩い光が、緑色の泡を伴ってコノエの足元から溢れ出した。天に昇るように浮き上がって――、二匹へと落ちていく。
 二匹とも喧嘩しないで、怪我をしないで。
 ――バルドは年齢も考えて動いてくれるといいんだけど。
 うたが奏でる奔流に身を任せて、直後だ。愚痴混じりの吼え声が聞こえた。
「……だから、あんた! そりゃないんじゃないのって言ってるだろーがよ!」
 うりゃああ! バルドが剣を掲げて飛び掛っていった。



end.
( → 闘う猫のうた 3 )

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