闘う猫のうた
筋肉痛〜〜。
うめいてばかりいた虎猫が、ようやくこの頃静かになってきたと思ったところでライがやってきた。受付に座っていたコノエは、問答無用で目の前に置かれた巾着袋に目を丸くした。
「おい。受け取れ」
「……なんだ? これ」
「この前の賞金だ」
ギョッとして、コノエはライを見上げた。
「多くないか? あっ。バルド、ライがきてる!」
奥の部屋に向けて呼びかけると、コノエと揃いの服を着た宿主はすぐに顔をだした。ライの顔を見て、ついで、巾着袋に目を留める。
コノエと同じことを思ったようだ。猫は不思議そうにライを見返した。
「久しぶりだな。それ、もしかして全額か?」
「大体な。何を不審がる? 当たり前だろうが」
嫌気が差したようにうめいて、ライは真っ白い尾を左右に揺らした。
受付に肘をついて、不機嫌にコノエとバルドを睨みつける。
「ほとんどお前らが倒したも同然だっただろう? 馬鹿猫どもが」
「ああ……」そういえば、二匹ともバルドが捕まえたのだ。
ライは腹立ったようにコノエを睨みつけた。
引き攣ると同時に、コノエの耳がしおらしくうな垂れる。うたを受け止めたバルドは、やたらと機敏な動きをした。というよりも、気がつけばコノエはほとんどバルドのことを想っていたような気がしたのだ。
「……くだらん」
睨みつけたままの眼差しで、ぽつりとライがうめく。
コノエは後ろ頭を掻いた。
「いや、その。……ごめん」
「何故謝る」
ライのことまできちんとうたえなかった……。
喉元まで出た言葉を呑み込んで、コノエは尾を揺らした。
「獲物の横取りしちゃったから」
僅かな間の後で、ライはフンと鼻を鳴らした。
白い尾がゆらりゆらりとする。それを見つめながら、バルドは腕を組んだ。神妙な色を浮かべる両眼とは別に、唇はニヤッと悪戯げに微笑んでいる。
「まー……、絆の強さがうたにそのまんまでるんだろ? コノエらしいじゃねえか」
「……なんか、それって……」
言いかけて、しかしコノエは言葉を切った。
にやにやとするバルドに嫌なものを感じたからだ。頬を僅かに赤く染め、唇をキュッとさせたコノエにバルドは満面の笑みを向けた。
「いやいや、うたを聴くってのはいいもんだな。あれ、すごいぜ。普段、なかなか聞かせてくれんような甘い呟きがいっぱいっていうのか? こう、身体に直接くる感じでよ」
「バルド。黙れよ」
「俺は正直、少し照れたぜ? こりゃー頑張らないと! って気分になるね」
「黙れって言ってるだろ……!」
ガタン! コノエが立ち上がると、卓上の看板が転げ落ちた。ライの瞳は、至極つまらなさそうにしながら看板の行く先を追いかける。
「お? あれ、なんだ? 自覚ナシか?」
にやにやにやにや。愉しげにバルドが首を傾げる。
悔しげに唇を食みつつ、コノエはきっとバルドを睨む。
「ああいうのが、たくさん聴けちまうならホント賞金稼ぎってのも悪くないな。稼ぎもなかなかいいみてーだ」
巾着袋を見下ろす。ライが頬杖をついたまま恐ろしい仏頂面を浮かべていた。
「惚れ直しちまうってもんだよなぁ。コノエ、いつもあれくらい口にしてもバチ当たらないと思うぜ?」
「……言うなってば! このエロ! エロ猫!」
「…………」
にぃっとますます笑みを深めて、バルドはコノエに歩み寄った。あからさまな警戒を顔に浮かべて、コノエは後退りする。
真っ赤になったコノエの頬にバルドの指が触れた。
「なんだよ? 冗談だぜ」
「ど……、どこからどこまでがだよ」
「俺には宿の亭主があってるってコトだ。ライみてーにやんちゃに飛び回れる歳じゃないしな。何より、大事な子猫ちゃんに傷がついたら大変だろう?」
「……――――っっ」
赤面しつつも、コノエはぐるんと尾の先を丸くさせた。やっとのことで喉を振わせる。
「アンタ、最悪。こんなとこでやめろよな!」
「あんたはいつでも可愛いよなぁ。いいじゃねーか。他に客なんていねえし」
「おい。俺は客だろうが」
辛抱に辛抱を重ねたような声だったが、なんとか、まだ冷静を保った声音が割り込んだ。ライは氷のような眼差しを足元へと向けていた。
「あれ? まだいたのか」
「…………」
本気で言ったらしいバルドに白眼視を返しつつ、ライは薄く唇を開かせた。
「言っておくがな。うたそのものは俺にも聞こえていたぞ」
「ああ、そうなのか? ほお……」特別に気を払うでもなく、すんなりと受け入れつつもバルドは最後にはニヤッと意地悪く笑みを浮かべた。どこか親父臭い笑い方だ。
「ライのえっち。盗み聞きとは意外にむっつりだな」
「…………」無言だ。
ライは無言だったが、その瞬間、確かに真っ白い尾はぶわっ! と毛という毛が逆立ちした。
「……おいおいおいおい」
さすがに青褪めて、コノエが仲裁に入るが。
「表に出ろ」
短く、ライが告げた。
そのこめかみはピクピクしている。
バルドはにやにやとしていた。今更、いくらお前さんでも譲らねえよと小さく呻き声をだす。
既に入り口に向かっていたライは、肩越しにバルドを振り向いた。
「何の話だ」
「自分に聞いてみな。ああ、ウチの看板ちゃんにゃお触り禁止な」
「……わけのわからんことで誤魔化す気か?」
「かもな。で、本気か? 筋肉痛も収まってコノエのうたの余韻も残ってる俺は強いぜ。なんたってコノエのうただもんよ」
「バルド。それはワケがわからないぞ」
うめきつつ、コノエは受け付けに札を立てた。不在を示す札だ。
「貴様の自意識過剰なところも気に入らんな」
ライが苛立った様子で――しかし、口角を吊り上げて宿をでていった。部屋から剣を取ってきて、バルドが後を追いかける。
「上等だぜ。年長者の意地でも喰らいやがれってんだ!」
「ちょっと、二人とも……。バルド、そろそろ夕食の用意しないと!」
「後でな!」
まるで子供だ。
ゆらゆらと尾を動かすその姿に、コノエはふぅっと息を吐き出した。呆れの混じった吐息だったが、そこには嫌気というものがない。
「しようがないな、ホントにもう」
なんだかんだで、奇妙な関係の三匹だと感じないでもなかったが。今夜の夕食には冷えたスープをだそう、と、決めつつもコノエは二匹を追いかけた。
「バルド! 腕が落ちたんじゃないのか?」
「そういうライこそ切れ味ないんじゃねえのか? 嫌なことでもあったかよっ?」
キィン! ガギィン! 剣と剣とがぶつかりあって、またも猫が見物を始める。見慣れた光景だ。
「二匹とも、怪我する前にやめろよ」
腰に手をつきつつも、コノエはニッと笑って忠告をした。
今の彼にとっては、うたうよりもコチラの方が板についているようだ。バルドの宿では、ときたま凄腕の剣士達の打ち合いが見れて看板猫が美人だとウワサが立っているのだが、バルド以外は知らなかったりもする。
end.
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