闘う猫のうた




 ダァンッ!
 雷が落ちたような轟音が響いて、食堂の猫たちが一斉に振り返った。コノエも例外ではない。彼は、発信源がよく見知った猫だったのでさらに目を丸くした。
「ライっ? どうしたんだ」
 手にしていた皿を置いて、腰に巻いたエプロンで両手を拭う。ライは落ち着かない様子だった。
 肩を怒らせて、牙が覗くほどにぜぇぜぇとしている。
「コノエ。来い」
「え?」
「つがいだ。来いと言っている」
「ちょ、ちょっと……。何だよ、何かあったのか」
 マントを羽織ったまま、旅人の格好をしたままでライは瞳を光らせた。がしりとコノエの二の腕を掴む。
 賞金稼ぎとして生きるこの白猫と会うのは久しぶりだ。バルドと和解してから、ライは度々に顔をだすようになった。自然、コノエと会話をする回数も増える。
 傍若無人で他人に愛想のないのがライだ。それはわかっているし、馴れてもいる。だが、さすがに訳のわからないまま命令されるのは腹立たしかった。
「――――放せよ」
 宿の従業猫には相応しくない、ドスを効かせた声でコノエがうめく。だが、帰ってくるライの声音はそれ以上にドスが効いていた。
「抵抗するな。雇われろと言っているんだ」
「やとう? 俺をか。……賛牙が欲しいのか」
 後半は声量を小さくした。
 この頃になって、またも扉を蹴り開けるような音がした。コノエと揃いの制服を着込んだ猫が、目の色を変えて食堂に飛び込んだ。
「なんだなんだ。騒ぎか? ライじゃねーの」
「……バルド」
 苦渋を滲ませて、ライがうめく。
 昼食の和やかな空気は消えて、辺りには緊張感が――、と、いうよりも面白がるような空気が漂っていた。客たちが、スプーンを加えたまま興味津々に耳を立てている。
 バルドは見るからに寝起きだった。
 ボサボサの後頭部を掻いて、今は、掴まれたコノエの腕をじろじろ眺めている。
「誘拐か? あー、ウチの可愛い子ちゃんはお触り禁止って知ってたか?」
 白猫は、眼帯のないの方の瞳を僅かに細くした。
「……馬鹿か。貴様の過保護っぷりには飽き飽きするな」
「おお、おお。言ってくれるぜ。とにかくウチの猫に乱暴すンな」
 バルドに向き直り、ライは微笑を浮かべた。唇の端で笑っただけなので、彼がどんな気持ちであろうとも嘲笑したように見える。
「なんだ? こいつは許しもないと外出できないのか」
「……なっ」
 カチンときたのはコノエだ。
 自らでライの腕を振り解き、睨み返す。
「猫聞きの悪いことをいうな。何でそうなるんだよ」
「そういうことだろうが」
「何だよ。うたってほしいのか?」
 バルドが不可解な顔をした。コノエに何かを言いかけたが、それよりも早くライが頷く。
「ああ。一曲でこれぐらいは出せるぞ」
 手のひらを掲げかけて、しかし、コノエが制した。
「金なんかいるか。賞金首がつがいだったんだろ?」
「そうだ。……取り逃した。ふざけた真似をされたままで引き下がれるか」怒りの滲んだ声色だ。コノエは頷いた。神妙な顔でライを見つめる。
「別に構わない。アンタには恩もあるしな」
「おいおいおい……、俺に説明する気ナシか、あんたら!」
「俺、ちょっとライに雇われてくるよ」
「はぁ?!」
 虎猫は目を剥いた。
 ぽかんとしてコノエを振り向く。固まること数秒、やっとといった様子で呻き声をたてた。
「……何バカなこと言ってんだ?」
「本気だ。ちょっと行ってくる」
「ちょっと、って……、相手は武器持ってる賞金首だろーがよ」
「お前はうたうだけでいい」
 ライが口を挟む。だが、バルドは首を振った。
「駄目だ、駄目だダメだ! ンなもん許さねーぞ!」
「俺は自分で決めた。バルドが決めることじゃないだろ」
「〜〜っ。コノエ!!」
 完全に苛立った声でバルドが叱責した、が。
 その怒声は逆効果だった。コノエはむすりとしてバルドを睨みつけた。再び、俺が決めたことだと主張する。
「ほんっっとに……、コノエ。怒るぞ」
「ふん。だから何だよ」
 それに、もう怒ってる。
 付け足してコノエはソッポをむいた。
 エプロンをテーブルに置いて、伸ばしたままの後ろ髪を胸の前に引き寄せる。食堂を出るライの後に続いた。
「着替えてくるから待っててくれ」
「わかった」ライが片目でコノエを振り帰る。その様子を睨みながら、バルドが悔しげにうめいた。
「オレも行く」
 目を丸くして、コノエとライが足を止めた。
「……え?」コノエは両目をぱちぱちとさせた。
「オレも行くっつってんだよ。あんたにだけ行かせられる訳がないだろうがよ! いーだろ、ライ?」
 白猫は、尾をゆらりと泳がせた。
「足手まといにならんのならな」半眼を返しながらの言葉だ。バルドは、挑戦的に肩を持ち上げた。
「オレとコノエの連携だぜ。怖いもんなしに決まってら」
「バルド、宿。どうする気だよ」
「ゲンさんにお任せだ」
 言うなり、配膳途中だった皿を取り上げる。
 バルドは実に素早く全ての皿を猫に渡し終えた。それで、食堂の一同へと告げる。
「つーわけだ。しばらくゲンさんがこの宿の主人な。んで、コノエとライはここで待ってろ。ゲンさん連れて戻ってくるから」
 実にさくさくとした言動だ。宿をでていくバルドの背中を見送ると、コノエはライと顔を見合わせた。ふん、と、白猫は軽く鼻腔をふくらませた。
 宿も心配だけど。
 胸中で、コノエはぼそりと呟いた。
 バルドとライと、自分と、この三匹の旅って果たして上手くいくんだろうか……。




end.
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