ふたり
丘へと赴き、剣の修行に励む。
ここのところ、一人でいたい時はそうやって時間をやり過ごしてきた。
元堅に悟られるとうるさいから、夜更けまで訓練をすることはないけれど、今日は、終えた後に地べたに寝転んでいる。理由は、雲間から顔を出した満月が、とても綺麗だったからだ。
山間から吹いてくる夜風は、特訓に火照った体に心地よい涼を与えてくれた。
夏の息吹に鼻腔をくすぐられ、揺れ動く葉っぱに体をこすられ、気付けば瞼を閉じていた。鈴虫たちの合唱がどこからか聞こえてくる。大の字に広げた体が、徐々に冷やされていく感触は、まるで、優しく体を撫でられているようだった。
「このまま寝ちゃいそうだな」
瞼の奥からでも、天上に輝く優しい光の存在が感じ取れる。それがまた、心地良かった。
このまま眠るのも悪くない。そう思って深呼吸をして、呼吸を静めてどれほど経った頃だろう。頭上で、カサ、と草が鳴った。
「誰だ……?」
半分眠りかけていたので、すぐに反応できない。
そいつは、俺の周りを半周して、真横に来たところで足を止めた。
腰を降ろしたらしく、広い面積の草が、一斉にしなった音を立てる。くすり、と含み笑いがしたので、寝惚けたまま青年の名前を呟いた。なんとなく、彼じゃないかなという気がした。
「貴沙烙?」
「ほお」
面白そうな感嘆は、やはり貴沙烙の声だった。
「よくわかったな」
からかうようで、満足した響きがある。
髪を上から下へと撫でつけるようにして、指先がやんわりと頭を撫でた。寝惚けているせいだろうか、なんだか、それが妙に嬉しい。
「へへっ」
体を曲げて、両腕を伸ばす。
「青樺?」
驚いた声も無視して、手に当たった体に腕を絡めた。
横から抱きつく恰好になったので、ちょっと姿勢が苦しいけど、それよりも、貴沙烙に甘えたい気分だ。苦笑交じりのため息が上から降ってきたと思ったら、すい、と頬を撫でられる。
優しい、あやすような手つきだ。
「珍しいじゃないか。何か、良いコトでもあったか?」
指先は顎を通って首筋にくだり、くるくると円を描いている。
「別に」
俺が寝惚けていることに、貴沙烙が気付かないわけはない。
けれど、貴沙烙は素知らぬ素振りで「そうか」と囁き、服に手を潜り込ませた。
「ダメだ」
むっとして、侵入した腕を引っ張り出す。
貴沙烙は楽しげに首を傾げて見せた。
「どうしてさ。誘ったのは、お前だろ?」
「俺にはそんなつもりはない」
「そうなのか? 俺にはそうは見えないな。無意識の行動は、その者の真の欲望を露にすると……」
「貴沙烙?!」
覆い被さろうとしてきたので、慌てて、立ち上がる。
ムッとして俺を見上げる貴沙烙だけれど、こっちだって、おかげで目が覚めてしまった。そうなると色々な疑問が頭に浮かぶ。いくつも並んだ中で、とりあえず、早急に確認したいものを口にした。
「なんで貴沙烙がいるんだ?」
「お前は本当に鈍いな」
両足を投げ出したまま放っておいて、貴沙烙は、気だるげに遠くを見つめた。
「ここ数日、俺はお前の特訓を影ながらずっと見守っていたんだが」恋人の視線にも気付けないようでは、と流し目を寄越してこれ見よがしにため息をつくが、それどころじゃない。
声が喉に詰まってしまって、すぐに出てこなかった。
「本当なのか?」
誰の気配も感じなかったのに。
出て行くときは、細心の注意を払っていたつもりだ。貴沙烙の唇が、ニヤリと吊りあがった。
「……と、まぁそれは冗談で。東屋で酒を飲んでいたら、城を出て行くお前を見かけたのさ。元堅が、青樺が夜な夜などこかで特訓していると心配してたからな。気になってついてきてみた」
「元堅が」
気付かれていたのか。
「なんだ。そんな顔をして。もちろん、それだけの理由で来たわけじゃないぜ?」
「えっ。ちょ、ちょっと待てよ」
貴沙烙の両手は、いつの間にか俺の肩をしっかり掴んでしまっていた。
愉悦を浮かべた端整な顔が、すぐ近くにある。間近で覗き込まれた瞳は、月明かりが反射してきらきら光っていた。
「きしゃら――」
「また一人で抱え込んでるんじゃないかと思った」
短いため息と共に素早く言い切り、唇が重なる。
それは舌を割ろうとしなかったので、身構えた俺は馬鹿みたいだった。ふっと体から力を取る。すると、貴沙烙の目が悪戯っぽく輝き、ちょんと舌で唇を突付かれた。
戸惑う内に、舌が咥内に割りいってくる。
「んっ」
ぎょっとしている内に舌を絡み取られ、背中を抱き込まれる。
あれよあれよというまに、草葉の上に押し倒されていた。
「貴沙烙!」
口付けから解放されると同時に、俺は抗議の声をあげた。
「何考えてんだ。こんなトコで!」
「今宵は気持ちのよい月夜じゃないか。風も気持ちがいい。こんな時には、気持ちのイイことをしたくならないか?」
「なっ……!」
妖しく笑う貴沙烙は、あからさまに誘ってきていた。
相変わらず、何を考えてるのかわからない。外で、しかもこんな開けた丘の上だっていうのに。
「ふざけるなよ。いやだ」
「つれないことを言うなよ」
しなだれかかってきて、顎を掬われる。
煽るように舌先で撫でられた。
「貴沙烙……っ」
ゾクっと背筋が震えた。
俺の体は、ずいぶん貴沙烙に作り変えられてしまったようで、情欲を刺激しようとする指の動きに、全身が反応を返してしまっている。
「やだって!」胸の尖りに触れて、声が高くなる。
くすりとした笑い声をあげて、貴沙烙は、俺の額に唇をあてた。
「安心しろ、誰も来ないさ。見られるのはいやだろ?」
「当り前だ!」
愉快そうに喉を鳴らす貴沙烙は、それでも指を止めていない。
「ん……う」
「大丈夫だ。誰もきやしないさ」
うわ言のように囁かれた吐息は、昂ぶる熱の中で、霞がかったようで聞き取れなかった。
「青樺を独占したいんだ」広がる空には、段上に重なった雲がまばらにあった。
end.
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