うさぎ狩り
青空に白い切れ目が走っていた。
涼やかな風が吹き抜けるたび、辺りの草木は鮮やかに色を変えた。緑葉を飛び散らせ、夏の萌芽の香りを振りまく。陽だまりになっている場所に進み出て、瞼を閉じる。
そうすると、まるで森に抱かれているようだった。
「…………」
俺は穏やかではなかった。
頬を冷たい汗が伝っている。爽やかな夏を堪能している余裕はないのだ。
柄に手を当てたまま動きを止め、気配を消す。ひたすらに待ちつづけて、やっと、茂みがガサっと音を立てた。素早く刀身を引き抜き、茂みへと飛びかかる。
動物の鋭い鳴き声があって、続けて、足元から白兎が飛び出した。
「待てっ!」
切っ先を地面から引き抜いて、慌てて追いかける。が、野生の動物に敵うわけもなくて。
俺は、結局まえにそうしていたように、切り株に腰掛けた。
「はあ…………」
重いため息が口をつく。
食料調達部隊が山崩れに遭い、立ち往生しているとの報せを受けたのは三日前だった。
元堅を始めとした力自慢の人たちは、皆、戦場に赴いていていなかったのでまずい事態だった。しかしそれでも、城に残る者から、この前の戦に出なかった者と少しでも腕力のある者を選び、送りだした。
万一の襲撃に備えるため数名の強兵を城に残したが、それだとしても、城の中はかつてないほどに静かになった。
『これだけの人数だ。城に残った者の食事は蓄えている分だけで足りるだろう』
貴沙烙は、出かけていく兵士の一団を東屋から見下ろし、どうでもよさそうに囁いた。
だけど彼は、気嫌いする人物を算段にいれていなかったのだ。おでぶちゃんである。前の戦に俺と一緒に参加した彼は腕に怪我をしてしまって、元堅たちの戦にはついて行かなかったのである。
初めからおでぶちゃんを眼中にいれていなかった貴沙烙は、彼を救助隊に入れるのを忘れていた。結果、備蓄は彼一人に食い尽くされてしまったのだ……。
「ふう」顎肘ついて哀愁に浸っていると、茂みが再び蠢いた。
咄嗟に腰に手を伸ばそうとして、やめる。物音は兎や動物のものよりもずっと大きかった。
森林の緑に掻き立てられて、鮮やかさを増した赤衣が見えた。
「貴沙烙か」
彼は通り過ぎようとしたらしかったが、俺の声によせられて、数歩分を戻ってきた。
「青樺、そこにいたのか」
珍しく、声音には疲れが滲んでいる。
茂みから歩み出てきた彼は、手ぶらな俺を見てつまらなさそうな顔をした。
「なんだよ。貴沙烙だって仕留めてないじゃないか」
「俺? 俺は、もう二匹の兎を仕留めているさ」
いつもの通りに口調だけは皮肉っぽいが、その顔から活気は消えている。
「服が汚れるからな。仕留める度に、城に戻っていた」
「また面倒なことを……」
あきれた俺を無視して、貴沙烙は隣に腰掛けてきた。
「何で俺がこんなことをしなくてはならないんだ」
「文句いうなよ。仕方ないだろ」
忌々しげに溜息をつき、貴沙烙は頬杖をついた。
その目は、俺が小石を拾い上げるのをじっと見詰めている。
「青樺」気だるげに呼びかけられた。
「何だよ」
「兎相手にじゃれてないで、どうだ? 俺の相手でもしないか?」
「んなっ?!」
はっとするも束の間、貴沙烙の両手が伸びて後頭部を抑えてくる。
「馬鹿ッ」小石が草の絨毯に落ちて、軽やかな悲鳴をあげた。
「やめろよ!」
近付く唇に、戦慄と共に眩暈がした。
「いいじゃないか。青空の下で淫靡な花を愛でるというのも一興だ」
「俺は一興じゃない〜〜〜っ」
「……何をしてるんですか」
押しつ押されつの攻防を繰り広げる俺達の背に、呆れた声音が振ってきた。
思わず固まってしまう俺とは反対に、貴沙烙はすばやく背後を見、ため息をついた。
「お前か。こういう時のマナーくらい、わかっていてくれると思っていたんだが」
「おやおや。それは失礼なことを」
飄々と言ってのける男は、斎旬だ。
左手にぐったりした兎の耳を掴んでいるので、狩りをしていたのだろう。斎旬は何かをぶつぶつ言いながら立ち去ろうとして、思い出したように貴沙烙を見た。
「相手を大人しくさせるような薬、作って差し上げましょうか」
「ほお?」
「その人なしじゃ生きられなくなりますよ」
捉えどころのない男は、そういって俺をチラリと一瞥した。
「斎旬……」ぐったりと項垂れる俺の上に、楽しげな貴沙烙の眼差しが降りかかった。
喉を鳴らし、やはり楽しそうに呟く。
「お前が言うと洒落に聞こえないなぁ」
「本当にされて堪るかッ!」
「ハハハハ。貴沙烙殿なら、このくらいの値段で売りますよ?」
案外、斎旬は本気らしい。商談の話に入りそうになった彼を、貴沙烙がやんわりと制した。
「後で聞くよ。たぶん買わないと思うけどな」
「はて。それはまた、どうして?」
「どうしてだろうねぇ。青樺、わかるか?」
「えっ」
いきなり振られても、何が何だかわからない。
慌てふためく俺に悪戯っぽく笑いかけ、貴沙烙は斎旬に別れを告げた。
俺の肩を掴み、立ち上がる。引っぱられる形で俺も立ち上がらざるをえなかった。混乱しているまま、あいまいに別れを告げる俺に、斎旬は奇妙な微笑を向けていた。
「ま、またな」
「はいはい。気が変わったらいつでもどうぞ〜」
end.
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