喰・花喰い




「決算に関した会議があるんで、今日は来なくていいぞ」
 猫をあやすように、青年の顎をくすぐる。
 細められていた彼の眼が、瞬間だけ、驚いたように広がった。
「なんだ、そんなに城に来たかったか?」
 くすりと妖しげに笑い、唇をつけるだけの口付けを交わす。
 青年は嬉しそうに目を微笑ませた。赤い寝具をまとった彼は、満足げに吐息をこぼし、肌蹴たままの上半身に触れる。胸元を探れば、淡い鳴き声が寝室に響いた。
「こうして、俺に触ってもらえないのが不満か?」
「そんな……。貴沙烙……」
「意地を張るのか? つれないな……。そんな態度、俺が許さないってわかってるだろう?」
 青年が下向く。青樺、と、吐息混じりに呼びかけて、貴沙烙はその前髪を掻き分けた。両眼を露わにさせる。青樺が貴沙烙を見返せば、甘く束縛する支配者としての眼差しがそこにあった。
「良い子だな。そのままで待ってろよ」
 ――貴沙烙がでていった扉を見つめて、青樺はため息をついた。
 彼と共にでかけるというのは、青樺にとっては玩具になりにいくということだ。貴沙烙の屋敷でも扱いは同じだったが、外に出れば、人目につく機会が多くなるので青樺には負担だった。強制的に見せびらかしとなる場面は何度もあったが、馴れるものではない――。と、言い聞かせながら、青樺は自らの肩に触れた。貴沙烙がいないとわかっているのに、早くも疼きだす自分はなんて浅ましいのだろうと思う。


花喰

  今日の会議はつまらない。大した人間が集まるわけではないからだ。
 彼らはせせこましいことをああだこうだと論議していた。大事よりも小事、そう言わんばかりに、細かいことを見つけては声を荒げてみせる。進行の遅い会議に辟易としながらも、手元の巻物をくるくると畳んでいた。席を立って言い争う二人の間に、割って入る。
「そうか。なら、お二方のところに回す予算を削ろう。そうすれば工事費も捻出できる」
「なっ?! 貴沙烙殿、何を言うか!」
「あちらを立ててこちらも立てる、そんな虫のよい考えが通るわけないだろう」
 煩わしげな声がでた。相手の男は、ぐっと言葉につまった後に、それならば立て替えはしなくとも良いと告げてくる。もう一人は、真っ青になって立ち竦んでいた。当たり前だ。あの建物は、俺の見立てではあと五年は問題ないだろう。
(まったく……。烏合の衆は弱いな)
 新たな巻物を広げながら、外の庭を見つめた。
 開け放された窓から風が吹き込んでくる。つま先で床を掻いた。机の下で青樺を可愛がるのもすっかり習慣になっていて、退屈になったときには、足で甚振ってやるのだが。
 不意に、どうしているかと気になった。
 思えばそれが兆候だった。
「青樺が?」
「はい。出かけられたきり、帰られていません」
「何……?」
 会議は午後の間に終わった。
 まっすぐに帰った俺を待っていた事実がそれだった。
 青樺は昼過ぎに出かけていって、そのまま、行方知れずだと。たまに一人で出歩くくらいは構わないので、使用人たちにも青樺の好きにさせるよう言ってある。だが、それが仇となったか? 仇。自然とでてきた言葉に驚いた。仇と感じるということは、青樺の何もかもを束縛したいと願うこころも何処ぞにあるということか。
 顔色だけは平素のものを保つように気をかけた。
「そうか。行き先などは?」
「言わずに出ていかれました。貴沙烙さま?」
「俺も少し出歩く」
 踵を返す。使用人は目を丸くしていた。
(俺が遊びたい時にいないとは、不届き者め)
 勝手だとは思うが、青樺は俺の玩具なのだしそれでいいのだと思う。
 夕焼けで赤く染まる街並みに求める影がいない。しばらく歩き回って、さらに機嫌が傾いていくのを感じた。気にしたことがなかったが、青樺は、俺がいない時にはどこに行くのだろう。
 知っている顔が人波にある。しかし、青樺ではない。
 通り過ぎようとした。相手から声をかけてきた。
「すまないな。今、急いでいるんだ」
「どうしたんです? 貴沙烙さま……。つれないわ」
 片手だけをあげて足早に去る。
 彼女は、今度こそ心底から驚いた様子で俺を見送った。イイ女だが、プライドが高いのが彼女の特徴だ。後で面倒臭くなるかもしれなかった。だがどうでもいいと思える。青樺はどこにいったのか。
「貴沙烙? おい、貴沙烙じゃないか!」
「ああ。久しぶりだな。すまないが後にしてくれ」
 大通りに進むにつれてそんな会話が多くなった。
 青軍時代の仲間にも声をかけられた。そのほとんどを一言であしらっていたが、ふと、その時は足をとめた。相手は兵士だ。背の小さい男で、よく青樺の下で動き回っていた。
「おい、お前。久しぶりだな。青樺を見なかったか?」
「大将ですか? アア……。広場の方に歩いていくのを」
「ほォ。そうか」
「貴沙烙殿?」
 広場は太陽が沈む方角にある。
 屋敷とは正反対だ、その上、遠い。
「あいつ……」
 スゥッと眼を細めて、赤く爛れた太陽を見上げた。
 ふつふつしたものが足元から沸きあがる。青樺には自由にさせ過ぎていたのかもしれない。元兵士の男は、動揺したように自らの口を抑えた。俺が怒るようなことを言ったと思ったらしい。一言、二言の別れを告げて広場へ向かった。
 足早になる。次に話し掛けてきたヤツには気付かないフリをさせてもらった。そんな気分ではない。
 問題の場所は、既に夕暮れとあって人が少なかった。
 青樺はその広場の端に立っていた。
 あの細い後姿で、髪をはためかせて夕日を見上げている。
「青樺」後姿の肩がビクンと動く。
「…………」
 何をいってやろうかと思う。ここで、悪戯をしかけるのもいいクスリになるだろう。大股で歩み寄って肩に手を置こうとした。だが、その前に、青樺が振り返る。
 彼は眼を丸くして、まじまじと俺の衣を見詰めた。
「朱緋真……?」
 眼は虚ろだ。
 その唇がやはりぼうっとしながら吐き出した言葉に絶句する。
 どんな意味を持った言葉であるか。誰を指しての言葉であるのか。すぐには理解できなかった。青樺は、今、何を言った? 俺ではなかった。
 間を挟んで、酷い頭痛に襲われた。ガンガンと眼球の奥が痛み出す。右側の膝が棒になったように動かない。冷静を保たねば、と、わかってはいた。
 だが、体が前屈みに倒れだしている。
 青樺の服を掴むと彼は驚いたように何かを叫んだ。
「…………っ」青樺の顔が近づいた。
 何か。何の言葉かはわからない。だが、覗き込んでくる瞳にカッとしていた。
 頬を両側から挟んで固定する。そのまま立ち上がりざまに口付けた。下から、掬い上げるようにして。真っ先に差し入れた舌先で青樺の言葉を捻じ伏せる。
 額が痛んでいた。酷く痛む。
 顔をあげると、青樺の唇と俺の唇とを繋ぐ唾液が伸びていた。夕焼けにねぶられて、赤く、禍々しく煌めく。再び口付けたのは、ほとんどもう衝動だった。
「ここで脱げ」
 口を放すと、すぐに告げていた。
 青樺が赤らんだ顔のままで硬直する。
「脱げないのか? 俺の下でいつも喘ぎまくってるくせに? 淫らなやつだろう、お前。青樺。俺がいないと満足に達することもできない体のくせに嘘をつくな」
「き、貴沙烙……」
「言うことが聞けないのか」
「貴沙烙。落ち着け……よ? 何を言ってるんだ」
 わかっている。いつになく意地悪なことを言っている。
 こんな往来のど真ん中で青軍の大将を辱めるわけにはいかない。いや、やるなら、気がつかれないようにやらないといけない。口付けたことでさえ危ういところだ。俺と青樺の顔を見て、驚いた顔をするやつが数人、広場にいた。しかし両手が青樺の襟首を鷲掴みにしていた。
「青樺……。俺に逆らうっていうのか? 俺が嫌いか?」
「き、貴沙烙……?!」
「脱げと言っているんだ!」
 潤んだ瞳が俺を見る。真っ青になって、青樺が震えだしていた。
 今すぐに。この男を蹂躙してやりたい。無性にそう思えた。俺だけを見れるようにぐちゃぐちゃにしてやりたい。いつになく酷い方法を使えば、骨身に染みるだろう……。骨身に。
 震える指先で、青樺が自らの衣を掴む。肩の一方が肌蹴られた。
「……青樺……」顔を埋める。
 埋めながら、体から力が抜けるのを感じた。
「やめろ。脱ぐな」
 耳鳴りまでしてきた。
 自らの額に手のひらを当て、青樺に体重をかけて圧し掛かったままで耐える。始めこそもがく素振りがあったが、やがて、青樺は脱力して俺に身を任せた。
 そうだ。それでいい。じんとした痛みが治まると、体内で沸いた突風めいた激情も鎮まる気配を見せた。
 しばらく寄りかかったままでいると、青樺がおずおずと告げた。
「大丈夫か?」
「……何でもないさ」
 青樺は俺を楽しませてくれる玩具だ。
 そして、俺自身も青樺を慰めるための玩具だ。
 そういった関係のはずだ。言い聞かせて、青樺の頬に触れた。
「しかし酷いな。俺は朱緋真に見えるか?」
「ち。違うんだ。さっきまで旅芸人がいて、なんだか思い出しちゃって」
「ほお」
 頭の一点が冷える感覚。
 これを嫉妬というのか? 内心だけで尋ねつつ、しかし、気付かない方がいいこともあるのだ。言い聞かせて、肌蹴た肌に衣を被せた。
「浮気者には酷くしてやらないとな」
「き、貴沙烙……」
 青樺が顔を赤くする。それでも瞳には期待が滲み出す。青樺をこうしたのは俺だ、それを思うと、胸に残った激情の残り香が満足げに揺らいでみせた。
 本当は、思っているよりも青樺に依存しているのかもしれない。
 不意にそんな気になった。そんなこと、オレは認められるんだろうか。自分のことだというのに、どこか、他人事に思える。おまえのような男は認めることなんて出来ないだろう、と、嘲笑う声がどこかから聞こえた。夕日から、かもしれない。反論は浮かばなかった。
「オレらしくないんだよ」
「?」
「こっちのことだ」
 屋敷についたら、とにかく、こっぴどいやり方で抱いてやろうと思う。

 

end.

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*青樺視点をやる前に力尽きてま…す