双子の玩具
「ウル。いっしょにやるか」
「キル。いいね。いっしょにやろう」
下唇を食んだのは、二匹と向き合う一匹の猫だ。
耳と尾を縮こまらせて、腕には大きな四本の引っ掻き傷。肩からは血を流し、右の腿には深い一閃の痕が刻まれていた。キルとウルは、互いにツメを構えてにやにやとしながら猫へと歩み寄る。
「くっ……!」
引っ掻き傷だらけの腕で剣を構え、猫が喉を唸らせた。
「のろわれたねこ、しぬのがこわいか」
「のろわれたねこでもしぬのがこわいんだ」
嘲笑うような顔をして、二匹は距離をつめていく。
一歩、一歩。その歩みはからかうようだった。猫が、追いつめたネズミを弄んでその芯まで堪能とするかのようだ。賛牙たるウルは痛みの力でうたをうたう。一曲をすでにうたい終えて、ウルの両腕からはボタボタと血が垂れていた。キルのツメには既に猫の赤々した血液が付着している。
「……くるしいのはすきかな」
「いたいのはすきかな?」
ウルがくすくすとする。
あわせるように、キルもくすくすとする。
街の中にいるとは、思えなかった。二対一の状況はもとよりも、二匹が放つ威圧感で街並みが覆い尽くされてまるで魔物の世界にでもいるような心地になる。
真っ黒い尾をぶるりと痙攣させて、猫はそれでも両手に力をこめた。
ブウンッ! 威嚇するように、刃で大きく宙を掻く。
「ふざけるな! 斬るぞっ……、それ以上近寄るな」
その猫の名前はコノエという。
コノエは、牙を剥き出しにて唸り声を立てる。
顔色は青白く、痛みのために眉根を強く寄り合わせている。剣を持つ両腕は放っておくとぶるぶる震えだす。耐え切れないような痛みが、胸の真ん中にくすぶってグチャグチャと中を貪っていく。
キルとウルは、余裕の表情をしたままで距離をつめた。刃を振り下ろせば届く位置まで歩いてくるので、動揺するのはコノエだ。双子の猫は、自信満々のままで互いの瞳を見詰め合った。
「どうしようか。ウル、こいつ、むかつくね」
「どうしたものかなぁ。キル。うん。むかつくね」
二匹は胸の前でツメを光らせた。
「のろわれたねこのくせに。ウルといっしょなのに、にげないでたたかうってことそのものがおかしかった。そんなによわそうにみえるかなぁ」
「のろわれたねこはばかだよ。キルといっしょなのに、たたかってもかてるわけないのにね。つよそうにみえないのかなぁ。さんがととうが、そのきずなをばかにしているんだぁ」
不穏な雲行きだった。陰の月に当たって四本のツメはぎらぎら妖しい光りを帯びる。夜の街に一人で繰り出したのは、昼間のあいだに買い忘れたものを就寝前に思い出したからだ。
明日は、朝から出発することになっている。夜店でも売っているような薬草なので、コノエは同室の猫に内緒でこっそり宿をでたのだ。バルドと挨拶をして、……それが少し前の出来事だ。
コノエはきつく奥歯を噛んだ。真っ黒い耳が、ピンと立ち上がる。
「黙れよ。俺は……っ、死ねないっ。こんなとこでワケわかんないまま死ねるか!」
負傷していない左足を軸にして、キルとウルめがけた横殴りの一撃!
キルがにやりと暗く笑ったのが見えた。銀髪の猫の方が、踊るように踵を返して後ろに下がった。光が走る。それが、刃が月明かりを反射した光か、ツメが月明かりを跳ね返したのか、はたまた、間近に迫った猫の牙が光ったための明光であるかはコノエにはわからなかった。
「…………!」
気がつけば、コノエはキルに押し倒されていた。
「ど、どけ……っ、ぐっ、あぁぁぁああっっ?!」
猫の尾がゆるりとして腕に絡みつく。ウルが、くすくすと笑っていた。笑いながら、コノエから奪った剣でコノエの左足を地面に縫い付けていた。
「あかいあかい。のろわれても、ちはあかい」
「むかつくのろわれねこ。ちはあかいねこ。おいつめられちゃった」
「おいつめられちゃったね」
キルの言葉を反芻しながら、ウルは口角を吊り上げる。
貫いた左足をそのままに、刃と肌とのあいだに指先を潜り込ませた。
「ひぃっ……?!!」電撃のような激痛が脊髄を駆け登る。硬直したコノエを笑って、キルは腕を伸ばした。コノエの額を鷲掴んで、無理やりに上体を引っぱり上げる。
背中を石壁につけると、コノエは喘ぐような深呼吸をした。
傷口に潜り込んだウルの指が思い出したようにグイグイと肉を突付く。
「うあっ、あっ……。や、やめ……ろ……!」
生理的な涙が目尻に浮かぶ。気絶しかねなかった。が。痛みの中でも理解できた。コノエは、かすんだ視界の中からキルとウルとを見上げた。彼らが気絶した程度でこの責め苦を許すはずがない。
「のろわれたねこも、おもちゃにできるかな」
「のろわれたねこも、おもちゃになれるかな?」
小馬鹿にしたように、ウルが口角で笑いとばす。
揃って小首を傾げながら、二匹の猫は馬乗りになったままでコノエの尾をつかんだ。二匹が一緒に掴んだので、四つの手のひらが尾を締め上げる。グゥッと猫はこもったような苦悶の悲鳴をあげた。
「くろいくろい! くろねこ!」
「くろ! もとはちがういろだって? くろねこ!」
「アアァァッッ、あっ、ぎ、れ……っ」
千切れかねない怪力だった。
コノエが背中を捩らせる。キルが、面白がるように笑った後でコノエの首筋に噛みついた。
「ああああ?!」めりめりと牙が食い込む。顔をあげると、キルは口中を真っ赤にしていた。熱のこもった痛みで意識が朦朧とする。だらだらと胸の前から腹に向かって何かが滴り落ちていく。いくらか、噛み千切られた……? 浮かんだ推測に、コノエはぞっとしながら悲鳴を飲み込んだ。
「こねこだね。いくつ? ウルよりしたとみた」
「こねここねこ。ぼくらみんなおなじくらいかな」
あーん、と、見せびらかすようにしてウルが口を開ける。
そうしてガブリと尾の先端に噛みついた。
「ぎぃっ……」ビクビク、コノエの喉が痙攣する。
途方もない痛みだった。容赦なく歯を立てて、ウルは切ろうとするかのように尾を揺さぶってくる。毛を掻き分けて地肌に食い込み、肌を破って中までえぐる。ぶわっと逆立った毛を無感情に見下ろしていたウルは、不意に、面白がるようにキルの名を呼んだ。
「こいつ、かぎしっぽだ」
「へえ。かぎしっぽなんだ」
唾液と血に塗れた尾をウルが口からだした。
「ホラ」見せるように、グイと親指で尾をしごく。
「ほんとうだ」
キルは純粋な意味で目を丸くしたらしかった。
「めずらしいな。みっともない。ぶかっこう」
「へんなかたちしてるとおもったよ。かっこうわるい。まぬけ」
「……ほ、放って、おけよ……!!」
コノエは吼えた。気が狂いそうな痛みで目眩がする。
「ん。はずかしがっちゃうの?」
「はずかしいと思ってるんだ?」
けれど、キルとウルは悲鳴と拒絶以外の声をあげたコノエを面白がった。
「のろわれたねこのくせに、リークス様にたてつくくせにこんなものがはずかしいんだ。へんなねこ」
「のろわれたねこのくせに、リークス様にさからうくせにこんなものがきがかりなんだ。みょうなねこ」
声を揃えて言葉遊びのように互い違いに呟く。双子の猫は喋り方が独特だ。どちらが語っているのか、コノエにはすぐにわからなくなる。痛みのせいで色が薄く見える。橙色の髪の毛が陽の月を思い出させて、銀色の髪の毛が陰の月を思い出させる。まるで目の前に月がふたつあるようで、コノエは奥歯を噛んだ。意識が徐々に鈍くなっていく。死を受け入れる準備をはじめている。
キルとウルは互いを見た。何かを交わすように、じっと見た。
僅かな間を挟んで、ウルがにぃっと笑んだまま唇を引き伸ばした。
「ぺっと? おもちゃ?」
「おもちゃかな。のろわれたねこは、さんぽができない」
「さんぽはしたくないなぁ。めんどうなんだもの」
「めんどうなことはいやだね。ウルはどう」
「おもちゃだね。キルはどう」
「うん。けってい」
「けっていだ」
コノエの首を掴んだのはキルだ。
げほっと血を拭き零しながら、コノエは苦しげに眉間を皺寄せた。
「こ……。殺すなら。ひとおもいに、やれよ……!」吐き気が込み上げる。口の中が血だらけで、鼻腔をつくのも血の香りばかりだ。コノエを面白がるように、ウルが黒い耳を鷲掴みにした。
「くろねこ。しょうじきにいったら? しにたくないんだろ」
「くろねこ。きかいをあげよっか? しなないですむかもよ」
「な、に」コノエの声音が芯から震える。
双子の猫は、そろって、コノエの両目の真上にいた。ぴったりと語尾まで声を合わせて二匹が言った。
『おなまえなぁに。いってみたらたすけてあげるかも』
「…………?」意図を測りかねた。
コノエが動きをとめる。と、叱るように、キルは肩口の傷を殴ってウルは手中の耳をグシャリと潰した。
「ッッ?! ぁっ、ああああっっ?!」ぎりぎり、ウルは笑ったままで耳を上に引っ張った。みりっ。嫌な音が聞こえてくるようだ。コノエは涙ながらに訴えた。
「の、えっ。コノエだよっ……!!」
「コノエか。だってさ、ウル」
「コノエね。わかったよ。キル」
くすくすくすくす。笑いあう双子の猫との距離がいやに近かった。
「…………?」死の香りはいまだに濃厚で、消えない。この二匹が目の前にいる限り消えないのだ。コノエはそれをわかっていたが、二匹の態度に不穏なものを感じて身体が悲鳴をあげていた。
震える腕で、二匹の体をつっぱねようとする。キルはニヤニヤしながらコノエの腕を掴み、地面に押し付けた。コノエに跨ったまま、乱暴な手つきで下肢を防除する甲冑を外しにかかる。
「うまかったらもってかえってあげような」
「へただったらころしてもってかえってあげような」
ウルが暴れかけたコノエをおさえこんだ。二人に挟まれるような格好になって、コノエは目を白黒とさせる。何か、言いかけた唇から鮮血があふれて咽こんだ。
「ゲホッ……っぐ! がはっ!」
「ほそいからだにちのあかみ。えろいね」
「えろえろだね。ねえ。このえ、いのちがけだよ」
からかうような声がコノエの頭上にふる。
ウルがにやつきながらコノエを眺めていた。キルが自らの唇をなめる。耳をたてて、尾をゆらゆら揺らしながらコノエの下肢を剥き出しにさせた。
「つまんないおもちゃはいらないからね。あそべるってからだでおしえてよ」
「つまんないならころしちゃうよ? がんばって。このえ」
「がんばって、このえ」
実にどうでもよさそうに、しかし愉しげに呟きながら双子の猫は尾を左右に振った。
けもののようにキルがコノエの顎にかみつく。その様子を見下ろし、くつくつと肩を揺らすウルの腕からは血が滴りつづける。二匹の猫は狂気を灯した両眼でひたりと見据え、コノエに貪りついた。口と、耳。コノエの尾は、赤く濡れて力なく横たわっていたが、ぎくりとして萎縮した。
キルは唇に噛み傷をつくる。ウルは耳に噛み傷をつくる。うたごえが闇に反響する。
「のろわれたねこ、のろわれたものどうしなかよくなれるかな? ねえウル」
「のろわれたねこ、めいぎのねこはみんなそんなもの。どうだろうねえ。キル」
end
** もどる
|