双子の棲家






 鞠玉のように彼は地べたを跳ねた。
 だんっ、だんだんっ、と、景気のいい音がこだまする。
 すぐさま耳を伏せ尾で自らの身体を抱き、猫は、警戒するように唸り声を立てた。仰向けになった身体を即座に反転させて、這いつくばる。
「……来るな! 来たら噛むぞ!」
 フゥーッと喉を怒らせてコノエが叫んだ。
 両手両足を地面につけて立ち上がろうとする様子は本当に四本足で生活をする動物のようだった。
 双子の猫は、互いに牙を覗かせてニヤリとしていた。その顔のままで互いの目を覗き込む。
「だってさ。なまいき」
 ウルが言う。そうしてコノエに視線を戻す。
「そうだねえ。なまいきだね」
 答えながら、キルがぺろりと下唇を舐めた。ウルも同じように下唇を舐める。そうして、二匹はツメをたてた両手を突き出した。
「おしおきしないと」
「おしおきしないとなぁ」
「…………っっ、ふざけるな!!」
 負けずにコノエもツメを伸ばす。
 真っ黒い装束を身につけ、左の腿には包帯よりも硬い布が幾重にも巻きつけられていた。いつか、この冥戯の猫たちの森に連れてこられたときに負った傷だ。本来なら、もはや、片脚が使いものにならないほどの傷だった。
 キルが両手のツメを剥き出しにしたまま襲い掛かった。
 たぁんっ! 両足をバネにしてコノエが跳躍する。迎え撃ったのは、ウルだ。コノエの背中に回りこんだ彼は、銀色の頭髪をなびかせながら鬱蒼と笑った。
「ばかなくろねこ。ほーら。これ。いたいよぉ!」
「うぐぁっっ?!」
 コノエの背中に、五本の赤い線が走った。
 空中でバランスを崩した彼の左足にキルが腕を伸ばす。地面に引き摺りおとし、叩きつけながらうっそりと唇で笑い飛ばした。
「ほんとうに、にげられるとおもったの? ばかなねこ」
「ばっかなねこ。あきらめたら? ここがこのえのいるとこだ」
「くっ……そ、おっ……!!」
 二匹の猫に腹を踏みつけられ、コノエがうめく。
 彼らは森を背にして腰に手を当てた。揃いの仕草で、揃いのタイミングで、本当にそっくりな双子の猫だ。
 キルが、布が巻かれたコノエの左足を見下ろした。
「リークスさまがなおしてくれたあし、また、きっちゃおうか?」
「それともあたらしくうではどう。ざっくり、きっちゃおうか?」
 くすくす。双子は楽しげにコノエを見つめた。
 合計で四つの瞳が光る。陽の月が空に浮かび、穏やかな風が吹いていたが、四つ目に宿る輝きは酷く濁り淀み闇に犯されていた。
「このえ、こえもでないのかな」
「このえ、ひめいはあげないのかな」
 獰猛な瞬きをみせて猫たちは唇をめくりあげる。
 無造作にキルが腰元へ手を伸ばした。すらり、銀色の光が陽光を反射する。白銀の刃は、寸分違わずコノエめがけて振りあげられた。
「ないて、いいんだよ!」
 狂気の笑みがキルの唇を彩った。
 ひゅんっとコノエの喉が怯えて縮み上がる。けれど、その音は確実な音色として鼓膜にもひびいた。
 風の鳴き声とほぼ同時に、空から声がふってきた。
「そーこー! コノエをあんまいじめるなって言ってんだろ!」
 体が浮き上がる、その感覚にコノエは目を見開いた。
 不思議な――面妖な香りが鼻腔をくすぐったように感じてコノエは瞬きをした。両足が地面についておらず、バランスを取る為に咄嗟に腕を伸ばした。
 掴んだのは、赤と白とが交差した布地だった。
 冷めた瞳がコノエを見下ろしている。
 ふんと鼻を鳴らして、フィリは両手を広げた。その腕に抱かれていたコノエが投げ出され、芝生の上に落ちる。その肢体にさっと飛び掛ったのはウルだった。
 肩を鷲掴みにして、
「うっ?!」
 コノエごとゴロリと一回転をする。
 そうしてフィリとの距離が開くと、両者のあいだにナイフを構えたままでキルが飛び込んだ。猫の目を引き絞り、切っ先は真っ直ぐにトカゲの尾をつけた少年の顔面を捉える。
「――なんだよ。俺はリークス様の賛牙だぞ」
 フィリは、堂々たる動作で両手を腰に当てた。
「かんけいないね。なんのつもりなの」
「何のつもりって……。そっちこそ何のつもり。コノエを預けてるけど、何も殺せとかボロ雑巾みたいに甚振れとかは言ってないよ」
「かんけいないよ。なんのつもりなの」
 繰り返したのはウルだ。キルの横に並び、腹立ったように両腕を組む。細められた瞳には氷のような冷気が灯っていた。
「……ハァッ? あのねえ」
 フィリは、双子の猫を交互に指差した。
「そういう風に所有権主張されるとムカツクんだけど。なんなのアンタら。大体、いつも一緒にいるのって気持ち悪くない? あー、暑くさいったらありゃしない」
 キルとウルとが顔色を変えた。
「……ウルのわるぐち、ゆるさない」
「キルのわるぐち、ゆるせないな」
「ころしちゃってもいい?」
「いいんじゃないかなぁ。リークスさまならいくらでもさんががつくれる」
「……あ。なに? へー。そういうこと言っちゃうんだ」
 怒気と殺気とを膨らませる一団を見上げながら、コノエは呆然と口を丸くした。
(な……んだ、この状況は)よろめきながらも上半身を起き上がらせる。フィリがニタリとした。
「取り上げちゃおっかなぁ。それでも別にいいんだよ? 元から、僕はコノエをお前らに渡すのって気に入らなかったんだし」
「…………?」
 コノエはますます両目を瞬かせた。
 気がついて、フィリは双子からコノエへと視線を移す。
「問題はその顔なんだよ。あー、ほんと、ムカツクね」
 小さく呟き、フィリは憎憎しげに眉間に深く皺を寄せた。
「そもそもさぁお前も何なの? ばっかじゃないの。あの白いのとか黒い猫はどうしたわけ? 何でいつの間にかこんなとこにいるんだよ、ええ?」
「っ。好きでいるわけじゃない!」
 弾かれたようにコノエが叫ぶ。
「ああ、そう? 別にそんなこと問題じゃないんだけど」
 酷く冷めた眼差しを返して、フィリが一歩を歩む。だが、
「……何。文句でもあるワケ?」
 キルとウルは譲らずに肩を並べていた。コノエを背中にしている。
「このえはおれたちのもの。あげない」
「リークスさまのさんがでもだめだよ。わたさない」
「…………この双子!」
 腹立ち混じりに吐きすてて、フィリは自らの側頭を掻き毟った。最後には、ビシリと指を突きつける。
「お前らにコノエコノエって言われるのも気に入らないな! お前ら、そんなこと言ってコノエの何知ってるっていうの?」
 僅かな間を挟んで、フィリは指先を差し向ける先をコノエへと変えた。ひょいっと双子の横から体を出して唇を尖らせる。その指先に驚きつつ、しかし、猫の黒い耳が立ち上がった。
「お前もリークス様に左足を治してもらったからっていい気になるなよ。まぁったく、冗談じゃない!」
 コノエが意思を宿した瞳でフィリを睨みつけた。背中から、ぽたぽたと血が落ちていった。両足で地面を踏みしめると、一息で背筋を伸ばした。
「……リークスは」
 尾すらも、緊張から真っ直ぐに伸びだした。
「何を考えてるんだ。俺の足を治療した目的は何だ」
「さ・ま。リークス様だ」
 訂正するとフィリは腕を組んだ。
 道化師さながら、唐突に踵を返して歩きだす。
「リークス様はね、お前を飼っておくのも一興と考えられたんだよ。わかってる? あのお方の手のひらの上でお前は弄ばれてるんだ」
「……ライとアサトは?!」
「さあ。っていうか僕に聞かないでよ。知るわけないだろ、そんなこと」
 トカゲのような尾を一振り。フィリは枝の上に飛び乗った。身軽な仕草だったが、重みを受けて数枚の葉っぱが双子とコノエの上に落ちていく。
「あーあ。なんだかバカみたい」
 悪魔がだすような、地獄の底から這い登ってくるような声だ。
「とにかく、そこの双子」華奢な体に似つかわしくないドスの効いた声でフィリは宣告した。
「コノエを逃がすのもいけないけど、やたらと痛めつけるのも……って、いうか、そういう致命傷負うとリークス様のとこにそいつ連れていかなくちゃならないだろ。迷惑なんだよ」
 少しは丁寧に扱う努力をしなよ。
 最後は気楽に言い捨てて、フィリは後ろ頭を掻いた。
 双子は耳を立てる。すぐに頭にくっつけるようにして伏せた。彼らの両目は、至極つまらなさそうに細められたので、フィリは咎めるように歯軋りをしてみせた。
「ほんっきで取り上げるからね。度が過ぎるようだと」
「へえ。やれるのかなぁ」
「ねえ。ただのさんがに」
「違う。リークス様の賛牙だ。舐めないでよね」
 ウルがにやりとして包帯をつけた腕を掲げた。
「キル。いまから、うたおうか」
「おもしろそうだなぁ。いいねえ、うたってよ」
「…………あー」ゆさゆさと苛立ったように枝の上で体を揺する。
 フィリはコノエを見下ろした。顔の造形を確認するかのように輪郭を辿って目鼻を辿って、それは、どこか機械的な眼差しなのでコノエには意図が読めなかったが。やがて、彼はポツリと囁いた。
「あほらし。じゃ、覚えときなよ」
 ひゅうんっ。空間が軋み、重みがなくなった反動で枝が独りで揺れた。傷だらけの腕を差し出しながら、ウルは小さく呻き声をあげた。
「にげた」
「つまらないの」キルが同意する。その手はさりげなくコノエの尾を掴んだ。
 僅かに後退を始めていたためにぎくりとしたが、コノエは気丈にキルを睨みつけた。
「何だよ。檻に戻ればいいんだろ? 自分で歩ける」
「おまえはそういってにげる。だァーめ」
「いっそのこと。おりじゃなくて、」
 ウルは傷だらけの自分の腕をまじまじと見つめていた。
 空に翳しながら、ニィッと笑って振りかえる。
「くびわはどう。くろねこにくろいくびわ」
「くびわか。くろねこにあかいくびわ」
「それもいいな」「それもいいな」
 言葉遊びのようなやり取りをしながらも、キルとウルとは平然としていた。それが当たり前だと言わんばかりの態度だ。キルはコノエの尾を掴んだまま道を引き返し、ウルは、包帯を腕に巻きつける。
(くっそ……。いつか、絶対逃げ出してやる)
 尾の毛も身体中の産毛も総毛立たせたままで、コノエは双子の猫に従った。背中が燃えるように熱いが、陰の月が沈むころには治っているだろう。
 コノエにはよくわからないことだが、リークスは度々にコノエの様子を見に来ているらしかった。
「らんせんかな。かいものだ」
「らんせんだね。ひさしぶりだ」
 先を行く双子の猫は、彼らだけで話を決めて楽しげに尾を揺らした。

 

end

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