贄食




「さあ、口を開けてみせよ」
 主の呼びかけに、少年は熱に蕩けた眼差しを返した。体が動かないのは両脚を重い鎖で戒められ鉄球を重石とされているからではなく、少年自身が、抗いの意思を示しているからだ。
 少年らは寝台の上に腰掛けて並んでいた。
 主たる男性は仕立てのよいスーツを着込んでいる。彼は、上品な身のこなしでサイドテーブルに粥のボウルを置いた。
「そのような顔をしては、抵抗の意味がないとは思わぬか? ユイ・マナセよ」
「た、食べるものか……」
 唯と呼ばれた少年が低い声で呻く。
 男が赤い双眸を歪めた。獲物の脆弱な抵抗を面白がる素振りだ。
「ほう。我が意思に逆らうというのか」
 下唇を噛んで、唯が視線を足元に落とす。その首には赤い呪具がぐるりと嵌められ、まるで愛玩動物のように少年を飾っていた。少年の内に潜む魔力を封じる呪いである。と、男の手が唯の手に重ねられた。
「っ、はなせ。ソル。食べないと言っているだろう!」
「どこまでも逆らうというのだな?」
 最終確認だという口振りだ。瞬間的に唯の眸が見開かれ、次には苦しげに細められた。口角を噛む屈辱の表情が浮かぶ。
「……ほう。よくわかったぞ」
 ソルは喜悦に口角をしならせた。
「まったく、人の貧弱な体は不便であるな。遠き昔には私もかようなか弱き存在であったが――、くだらぬ。ユイ。お前、直に食物すら必要としない身体に造り変えてやろうぞ。そのようなつまらぬ強情を張る暇もなくなるであろう?」
「なっ……」
 唯が顔色を変えた。想像にしない提案だった。
「そんなことが――」
「私には可能なのだよ。わかるだろう、ユイよ。その身体、もはや生まれた時と同じものではなかろう? 我が意思の隷奴と化す以前の身体ではなかろうぞ?」
 言葉に合わせて、いたぶるように指が腿の上をなぞる。
 唯は鳥肌をたてて身じろぎをした。僅かに身体を後ろに引く。全身に力が入らない上、真横にソルがいる状況ではこれが精一杯の抵抗だった。
「離せっ。やめ……ろ……、俺は貴様とは違う」
「いいや。同じであるな……。同じになるのだよ、ユイ・マナセ」
 駄々っ子に言い聞かせるような、奇妙に甘い声をかけて、ソルが再びボウルを取った。今度は顔の前に差し出すという受動の態度ではなかった。唯の唇に強引にねじ込み、ボウルを傾ける。
「ふむぅっ」
 鼻にかかった悲鳴があがる。
 ソルは僅かに嗜虐に酔うような色を目に浮かべた。
「たんと呑むがいい。我が『器』よ。私がお前の身体を完全に造り替え、人の世の理から解き放つまで、常世に別れを惜しむかのようにこの苦渋を飲み込んでみせよ。そしてその苦しみによって私を愉しませてみせよ!」
「や、やめろ、……んぐっ。あ、むっ」
 強引に咥内になだれ込む粥に咽て、唯が首を振る。だがソルが後頭部を掴んだ。口の両端から粥を漏らし、それでも懸命に啜って胃袋に落とすしか唯ができることはない。ソルは上下する喉首と、唯の眉間に寄った深い皺を見て険悪に肩を揺らした。
「さて、この状況でお前に罰を与えるといったらどのように出るか? 試してみようぞ」
「っ?! ぁ、」
 唯の身体がびくんとして跳ねた。
 後頭部を掴んだ手のひらが降って下腹部をなぞる。まったく唐突に魔力を注がれて両足が痙攣していた。ごくん、ごく、と米の形状すらわからなくなったような粥を飲み干しながら、悦楽に歪む顔を見てソルが舌なめずりをした。ボウルが空になると手を離したので、ふさふさした絨毯に逆さまになって転がった。辺りには零れた粥がまばらに散っていた。
 唯は咽こみながら耐え難いように身を丸めた。
「やめろっ!」
「今、食道を通っている。胃に落ちたな。ほう、久々の食事に身体の方は貪欲ではないか。お前の胃袋、浅ましく力強く収縮して食物に貪りつきよるわ」
「く……っ」
 唯の頬に熱が集う。人外的な視点からの精神的な陵辱に胸が震える。
「これしきでは足りぬと身体が騒いでおるぞ、精霊器使い。どのように唇で抗おうとも身体は正直であるな?」
「やめろ……、悪趣味なことはやめろっ!」
 憎き敵のエーテルは体内の深いところにまで伸びる。
 ソルはもう一方の空いた手を伸ばして唯の口角を拭った。粥がまだ付着していた。そのまま、自然な動きで自らぺろりと舐めて清めてみせる。気まぐれな支配者らしく、彼はつまらなさそうに告げた。
「ふ、私には石の味がするぞ。このようなものでしか栄養が取れず、配給が立たれると命耐えるなど……、まこと耐え難い存在であろうぞ? 人の身などは」
「うあ――、くうっ、……あ……」
 がくがくと震わせて唯が上体を折った。ソルのエーテルは既に根深いところまで侵入して、強引に交歓を始めていた。無遠慮に熱いものをねじ込まれた下腹の奥。そこが疼いて悲鳴をあげる。唯の口角から唾液が漏れた。
「あ、あ。あ、くぅ……」
 先刻から食事と快楽とを交互に与えられて、理性は沈んだり浮上したりと繰り返していた。一度、強い悦を与えられると、身体の熱が一挙に蘇り言葉が拙くなった。
「あぁあ……あ……っ!」
 考えることがまともにできなくなる。ソルは交歓を強めたままで唯を寝台に横たわらせた。その身体に散った粥の破片を舐めて、清めていく。唯の喘ぎが甲高くなった。
「我が舌先から送られる精はまた格別だろうよ? さあ、その蕩けた顔を私に向けて請うがよい」
「あっ、……ソル……っ、やめ」
 熱く吐息をついて唯が肩を縮める。ソルの赤い両眼がしなった。
「まだ人でいたいであろう? リヒトの助けがあるやもしれぬと期待しておるのだろう? ユイ・マナセよ」
 深い部分を貫き、犯しながら、ソルは自らが送り込むエーテルの純度を上げていく。唯の眸は次第に恐怖で曇り始めていた。
「あぁ……あ……!」
 身体を造り替えられる感覚を覚えた。先程の会話からするに、今、造りかえられようとしているのは――。それを思うと身が震える。瞼を閉じると、唯の脳裏には、懐かしい風の魔術士が思い浮かぶ。彼の少年に二度と会えない身体に変えられると、その恐怖が足の爪先から脳天までを刺した。
 体内に篭る熱が膨れ上がる。耐え難い快楽に咽びながら唯は目尻を濡らした。
「た、べる……から」
「ほう。胃袋にものを落とす感触が恋しいか。浅ましく私の与えるものに貪りつきたいと申すのだな?」
「っ、そ、そうだ」
 そんなことない! この屈辱よりも俺は死を選ぶ!
 寸でのところで否定の叫びを耐えた。唯はソルに腕を引かれるがままに身体を起こす。苦しげに相貌を歪め、精神的な疲労も色濃く眉を寄せる姿に暴虐者は笑みを深めた。
「かわいいものよ。お前も、リヒトも」
 ソルは、サイドテーブルから新しいボウルを取ると中身を自らの指に塗した。
 唯が困惑して固唾を呑み込む。
「すべては我が意思の元に踊らされているに過ぎぬ。さあ、舐めよ」
「…………っっ」
 両目を潤ませ、奥に燃えて爆発せんが如きの熱風を荒ませて、唯は強くソルを睨みつけた。この侮辱、この屈辱、この憎悪、決して忘れないという顔だ。お前だけは許さないという顔だ。
「食わぬなら、必要ないであろう器官を潰す必要があろうな。のう、ユイ・マナセよ」
 わざとらしくソルが呻く。唯は男の赤い両眼を睨んだままで舌を覗かせた。震え上がりながら、敵の指を舐め、塗されたものを胃袋の奥まで飲み干していく。
「……お前の屈辱、実によい見世物になるな……」
 感嘆を漏らして、不朽の魔術士は再びボウルに指を入れた。
「とくと愉しめ。この食を」
 全てのボウルが空になるまで、青年と少年は強く視線をぶつけ合いながら食を続けた。

 

end.

** もどる